2011年12月8日木曜日

道徳とルール

日本の安全神話も完全に崩壊し、日本人として当たり前な事が当たり前では無くなってしまった現代日本・・・
危機管理やセキュリティを取巻く環境も様変わりし、以前の様な概念も通用しなくなった今、どの様に安心や安全を保持していけばよいのでしょうか。
本来、日本人には独自の一般常識(道徳)が歴史のうねりの中で練り上げ生成されて存在していました。それらは義、勇、仁などといった人間が人間として、そして日本人として日本人らしく生きる為の大切な要素です。
しかし、現代の日本は海外色に染まりきり、日本人としての本分どころか、己が進むべき道や日本人としての道さえ見失ってしまっているのではないでしょうか・・・
その道徳こそが、相手を思い、社会に貢献し、正しき道を貫き、恥ずべきことはせず、護るべきものの為に決死の覚悟を決め実行し成しえるという根源であり、そして秩序を構築し安心と安全をもたらしてもいました。
しかし、現代はこの道徳が崩壊し、個人主義になり保身や欲が芯をなしこれらをルールが先行し規則で締め付ける事が当たり前になってしまっています・・・
ルールといったものだけで全ての答えが出るものではありません。
人間として心があり、人間として思考がある。
人として正しき事は正しく、悪きものは悪い。
人の行動をつかさどるのは、思考や魂です。
本当の問題の解決とは、根源を断ち切り始めてなせるものであり、小手先の対策や対応などでは出来ません。
これらはこの分野に直接的に関わるものでもあります。
全てを失い心の芯から襲撃を決心した相手をルール(法律)などで止める事など出来ないでしょう!
そこは真と真の戦いの場です。
そこに決まり切った手法(マニュアル)など存在しませんし、逆にマニュアルになどに頼れば、思考や行動は凝り固まり敗北の原因になります。
現場で通用する警護人にはどんなに知識や技術を追及したところで成れません。何にでも共通することですが大切なのは中身です。
その中身(根幹)がある者とない者とでは、宝石の原石と風船のようなものです。磨けば磨くほどに強さも価値も増していくのと、膨らむ限界があり障害があれば簡単に壊れて修復できない。
日本人としての道徳があれば日本人としての自信と誇り、そして真の強さが生まれてきます。
真の強さを持たない者になにかを護る事など出来ません。

JBA Team